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名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)340号 判決

控訴人(一審原告) 甲野太郎

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 長谷川正浩

同 打田正俊

同 村松貞夫

同 村松ちづ子

被控訴人(一審被告) 宗教法人高照寺

右代表者代表役員 山田純正

〈ほか一名〉

右二名訴訟代理人弁護士 鶴見恒夫

同 樋口明

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らは各自、各控訴人に対しそれぞれ金一六万円及びこれに対する昭和四九年四月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  被控訴人ら

主文同旨。

第二当事者双方の主張及び証拠関係

次に附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決九枚目表五行目に「(1)ないし(4)」とあるを「(1)ないし(3)」と訂正する。)。

一  控訴人らの当審における主張補充

1  本件研究会(三才保育研究会)入会時の本件契約の趣旨について

(一) 本件研究会の保育内容は、学校教育法の適用を受ける三年保育における三才児に対するそれと同一であること。

(二) 幼稚園教育においては、地域性及び継続性が重要視されるべきこと。

(三) 公教育を荷う天道幼稚園としては、たとえ同園が私立のものであるとしても、その教育機関たる公共性から導かれる一定の制約を受けざるをえず、この面からの配慮が加味される必要があること。

(四) 控訴人ら、ちゅうりっぷ組の父母達は一般に次年度以降においても、天道幼稚園に通園しうるものと期待していたこと。

(五) 被控訴人らは、本件研究会入会者である控訴人春子らちゅうりっぷ組の二一名をも天道幼稚園の在園児数に加えて愛知県に届け出をしたり、保険会社との間においても、右ちゅうりっぷ組児童をも園児として保険契約を締結していたこと。

(六) 本件研究会の募集要綱によれば、「次年度に四才児組へ進級の折は四八年度の規定により入園料を申し受けます。」とあるが、右入園料が昭和四八年度の規定による点に注意を要すること。

以上(一)から(六)までの事項を検討すると、本件入会契約は、三年間の通園を含む天道幼稚園入園契約であって、入園料は単に金銭支払義務を定めただけのものであるか、仮にそうでないとしても、入園料の支払を停止条件とする、或いはその不払を解除条件とする条件付の入園契約であるとの解釈が当然に導き出されるものである。

2  仮に、本件契約が一年限りの契約であるとすれば、次のとおり主張する。

(一) 天道幼稚園において、ちゅうりっぷ組より年中組へ入園する際の選考基準は、同園内における進級の可否の裁量と同一程度に制限されるものと解すべきである。蓋し、前記1の(五)、(六)に述べた如く、被控訴人らは、ちゅうりっぷ組児童を正規の園児と同等に取扱い、控訴人らを含む父兄をして正規の園児であると信じさせ、或いは信じるに足りる外観を作出して来たこと、控訴人春子らは本件研究会入会時より、園へ通園してその保育を受けて来たこと等からすれば、正規の園児と実質的には異なるところがなく、進級と同一であると評しうるからである。

(二) 被控訴人らが昭和四九年度入園の選考基準の主要なものとして採用した、園の教育・経営方針についての園と園児の保護者との間の信頼関係の有無ということは、保育を受ける本人である控訴人春子の能力以外の事由によるもので、憲法二六条、教育基本法三条の趣旨にももとり公序良俗に反する。又、被控訴人らが実施した保護者に対する面接も、園長である被控訴人山田と主任の訴外山田満里子がそれぞれ単独で行うもので、そこには客観性の担保が全くなく、更には、選考基準に関する採点方法も全く定められていないというずさんなものであった。

二  被控訴人らの認否

1  本件研究会入会時の本件契約の趣旨について、控訴人ら主張事実を否認する。即ち、本件研究会は正規の三才児保育とは異なるし、公共性の一方的強調により私立幼稚園の教育方針や経営方針の自主性が無視されてはならないし、その主張される期待は事実上のものに過ぎない。又、天道幼稚園では、翌年度の入園料は前年度中に決するという慣行があったので、昭和四九年度の入園料を昭和四八年度の規定によったからとて異とするに足りない。

要するに、本件契約は一年契約であり、その後に入園料を納めるだけで当然に入園となるものではなく、新たに所定の手続を経ることが必要である。

2  ちゅうりっぷ組より年中組へ入園する際の選考基準等について、控訴人ら主張事実を否認する。即ち、入園の申込は、天道幼稚園園則の一一条「この幼稚園に入園しようとする場合は、入園願書の提出、選考等幼稚園所定の手続を経て園長の許可を要する。」に従って行われるもので、所定の手続としては、面接、身体検査、入園料の納付などが予定されている。その上で、ちゅうりっぷ組児童には、定員上の制約に対する優先的入園を認めている。

又、私立幼稚園は、教育方針や経営方針の自主性が尊重され、これに従い選考基準等を定めることも、それが反社会性を具備しない限り、自由である。天道幼稚園としては、憲法、教育基本法はもとより、宗教法人高照寺規則、天道幼稚園園則に従い集団生活の調和、教育方針の維持、経営の存立等に支障とならないこと、信頼関係を破壊する特段の事情のないこと等を重要な要素として考えているもので、そこには何ら不合理、不当なものはない。

三  証拠関係《省略》

理由

一  本件当事者の身分関係、その他当事者間に争いがない事項は、原判決理由第一項記載のとおりであるから、これを引用する。

二  しかるところ、控訴人春子について天道幼稚園に対する入園申込の意思表示があり、同園がこれに応じない旨の意思表示をしたと解すべきことについての当裁判所の認定・判断は、後記訂正する箇所を除く外は、原判決の理由第二項に説示するところと同一であるから、これを引用する。《証拠判断省略》

1  原判決一四枚目裏末行「被告山田」から一五枚目表六行目「取扱ったこと、」(同七四頁三段六行目~一五行目)までを左のように改める。

「控訴人太郎は幼稚園に赴き被控訴人山田に対し、本日は大学の授業があるので面接日を変更して欲しい、帰りは夜八時頃になる旨の申出をしたこと、右申出は同夜、被控訴人山田により拒絶されたのであるが、その前に右申出に対し、被控訴人山田において即答を避け、考えさせてくれ、夜連絡します等と応答したことから、控訴人太郎は右申出が当然是認されるものと早合点し、その旨を幼稚園近くの公衆電話で家に居る控訴人花子に連絡し自分はそのまま外出したこと、その後間もなく被控訴人山田は、主任である訴外山田満里子(被控訴人山田の妻)とも相談のうえ、控訴人太郎についてのみ受験日ともいうべき面接日の例外を設けることは相当でないと判断し、控訴人ら方に控訴人太郎が園を辞して一〇分位後に電話したところ、控訴人花子が出たので、花子に対し、奥さんおられるんですか、それなら奥さんではどうですか、と述べたところ、控訴人花子は先程主人太郎がお願いしたように控訴人太郎が出席したい旨希望しているから宜しくと答え、これに対し被控訴人山田が、右控訴人両名が面接に出席しない場合は本件研究会入会者に与えられている優先的入園の特典が失われることを知らせる趣旨で、それなら条件が違ってきますが、と申し述べたのに対しても、控訴人花子は格別の疑義も抱かず問い直すこともせず、又控訴人太郎に連絡することもせず、そのまま放置し、結局同日の面接には控訴人太郎、花子とも出席しなかったこと、」及び「このため、被控訴人山田は、控訴人春子が右優先的入園の特典を喪失したものとして取扱い、同日夜八時過ぎ、控訴人太郎方に電話して同人に対し、今朝の変更申出は認められない、従って面接を受けなかった以上、優先的入園の特典はなくなった旨を説明し、ついでにもし入園を希望するなら、あとは一般応募の方法がある、但し一般応募では入園できぬこともあるので他の幼稚園にもあたっておかれたらと附言したこと、」と改める。

2  原判決一五枚目裏六行目「「進級」自体が」から九行目「立つなどした」(同七四頁三段三二行目~四段三行目)までを「入園自体が確定的に拒否されるものと受けとめ、これに抗議するため同年一二月一日から時折、「天道幼稚園はちゅうりっぷ組児童一部の進級を拒否しました。親の宗教、考え方の違いを理由に子供の進級を拒否するのは不当です。」などと書いたプラカードを首から下げて園の前付近をデモンストレーションをした」と改める。

3  原判決一六枚目表四行目「なお同様であったこと」(同四段一二行目)を「被控訴人山田は、控訴人らが園則に従い所定の手続、入園願書の提出等をしない限り当然には入園させないとの態度をとり、これに控訴人らが応じなかったため、被控訴人山田においても右態度を堅持したこと」と改める。

三  そこで、本件契約の趣旨について検討する。この点についての当裁判所の認定・判断は、《証拠省略》を総合するも、次に記載するほかは、原判決理由第三項に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一八枚目裏一行目「参加」(同七五頁二段七行目)の次に「更に園においても、右入会者を園児の一員として県へ届出たり、保険会社とも入会者を対象とする保険契約を締結」と加入する。

2  原判決一八枚目裏六行目「折は」(同二段一三行目)の次に「昭和四八年度の規定により入園料を申し受けます」と加入する。

3  原判決一九枚目表五行目「ところである」(同二段二七行目)の次に「(なお、当事者の認識からしても、又その発足の経緯からくる目的の違い、保育日数の差からすれば、いかに密度の濃い、三才児保育に類似する保育内容を受けようとも、週一回でそのギャップを埋めることは至難であり、特別事情の認められない本件においては、右保育日数の差を無下に無視することはできない。)」と加入する。

4  原判決一九枚目表末行「すぎず、」(同三段三行目)の次に「又、入園料については、翌年度分については前年度に定めることに従来からなっていたもので、その表現に誤解を招く点があったとはいえ、」と加入する。

5  原判決一九枚目裏四行目「なる語」(同一〇行目)の次に「更には幼稚園教育においては地域性及び継続性が重視され、又天道幼稚園が公共性からくる制約を受けるとすべきこと」と加入する。

6  原判決二一枚目表終りより二行目「原告春子には、」(同七五頁四段三二行目)の次に「いかに控訴人ら主張の幼児教育の本質につき十分な配慮を加え、幼稚園の公共性を重視しても、当然には」と加入する。

四  以上のとおりであって、控訴人らの不法行為ないし債務不履行の主張は、控訴人らのいう進級権等の権利の面からはこれを肯認することができないところ、更に控訴人らは、被控訴人らの行った入園拒否をとらえ、これに違法性ありとしてこの面から右各主張をなすので検討するに、これについても、当裁判所の認定・判断は、左に附加訂正するほか、原判決理由第四項の説示と同一であるから、これを引用する。

そもそも、公立学校とはその趣を異にする私立学校である私立幼稚園では、独自の校風ないし伝統、教育方針を園の規則等において具体化しこれを実践することにより、その存在価値を認められており、教育機関としての公共的性格から一定の制約を受けるほか、その運営は前記園則等に則った自主的運営に委ねられているものである。従って、公立学校にくらべ、私立学校においては、その入校申込に対する学校側の裁量はより広く、その拒否が教育法令その他の公序良俗に反するような場合をのぞき、右採否及びその前提となる選考基準の設定については、原則として園設置者の自由裁量に属するものというべきである。しかして、本件においては、天道幼稚園は私立の幼稚園であり、又控訴人春子につき進級権等の特殊の権利の認められないこと叙上のとおりであるから、同園の設置者としては、公序良俗に反せぬ限り、その固有の方針に基づき、右控訴人の採否を決しうべきものと解するのが相当である。

そこで、以上の見地から本件における右拒否に至るまでの経緯、拒否の内容等をみるに、《証拠省略》を合わせると、左に訂正するほか、前引用の原判決理由第四項の1ないし6認定のとおりである。《証拠判断省略》

1  原判決二五枚目表七行目「原告太郎」から同裏八行目(同七六頁四段六行目~二三行目)までを、本判決理由二の1のうち変更部分の前段と同文に改める。

2  原判決二五枚目裏九行目「このため、」から同末行「電話したところ、」(同二四行目~二八行目)までを、本判決理由二の1のうち変更部分後段と同文及び「これに対し」と改める。

3  原判決二六枚目裏四行目「考えられた。」(同七七頁一段一五行目)の次に「即ち、控訴人太郎は、園にできた組合は穏健な組合である、その組合の要求である教諭の給与を上げないのは園が悪い、教諭との一年契約は教育上ナンセンスだ等と述べ、これに対し被控訴人山田が、少ない人数で良い教育をと考え園長は無給で働いている、園も赤字という実情から、いわば奉仕の精神が必要であるのに、若い教諭は理解してくれないので困ると述べたところ、控訴人太郎は、それは園による無理な押しつけが行われているから若い先生方がついて来ないのだ、先般、運動会での小さな魚の遊戯の件で園の先生方を自宅に招き説明したが素直に話しを聞いていた、先生方は素直である、園の普通の指導に対して従わない筈がない、現場の皆が話し合って教育方針をきめたらよいと述べた。」と加える。

本件における入園拒否の経緯、内容等の事実関係は以上のとおりであり、これに対し、右が公序良俗違反とみうるか否かについては、これを消極に解すべきこと前引用の原判決理由説示のとおりであるところ、控訴人らは、当審において、右拒否において園と保護者との関係が重視せられたことの違法性等を主張する。なるほど、一般的には入園の許否は当該本人を中心に決すべきものであるが、しかし本件の場合、右本人は未だ四才の幼児に過ぎず、その教育が十全に行われるためには園と保護者の相互理解及び協力が必須であるにもかかわらず、本件においては叙上判示のとおり右両者間の信頼関係は全く失われ、その間に十分な意思疎通の生ずる余地は最早認め難く、しかも右につき園側に法令の趣旨ないし社会通念上著しく非難すべき点も見出せないから、これに、本件幼稚園が上記の如き性格を有する私立幼稚園であることを合わせ考えると、控訴人ら主張の幼児教育の地域性及び継続性や幼稚園教育の公共性を考慮に入れても、なお本件拒否につき園と保護者との関係が重視せられたことをもって公序良俗に反する違法のものとはいえないものである。また控訴人らは、本件における具体的選考方法の主観性をも主張するが、叙上判示の本件事実関係に照らすと、被控訴人らの措置につき、これを違法ならしめるようなし意的主観性も認められないのである。

五  以上、本件については、控訴人太郎の面接日変更の申出をめぐって、控訴人太郎、同花子と被控訴人ら間の折衝において、被控訴人山田の執った処置については、やや不充分な点がなかったわけではないが、叙上に認定の事実関係から判断して、被控訴人山田が控訴人太郎の言動を目して、被控訴人寺の教育、経営方針と相容れないものとしてなした控訴人春子に対する処置が、社会通念上著しく不当であり、裁量権の範囲を超えるものとは解し難く、又、控訴人ら主張のように本件を目して、憲法、教育基本法の趣旨に反し公序良俗に違背する違法なものであるということもできないので、控訴人らの本訴請求は、その余の争点を判断するまでもなく失当として棄却さるべく、これと同旨の原判決は相当である。

よって、控訴人らの本件控訴はいずれもこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 寺本栄一 三関幸男)

〈以下省略〉

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